海へ行きたい

留年生(今年度卒業予定)の生きてしまった爪痕

仕事の様々な業務、趣味、など、すべてこなしうる者も確かにいるのだろう。

しかし、それができない者に向かってけなし、能力をつけさせようと鞭打つのは、明らかに間違っている。軽蔑の対象にしてはいけない。

誰がハードルを上げているのか、自覚のある人はどれ程いるんだろう。

できないことばかりに目を向けられて、なんでもできるように苦手なことを無理にしようと腐心している人がどれ程いるんだろう。

でも差別的な心は自分の中にも確実にあって、直視するのに耐えられなかった。

そのような優劣をすぐにつけたがる心性ごと、心中したかったのだ。死にたい気持ちで頭がいっぱいになるときは必ずそういう部分もあった。

自分が大学受験のために勉強できる環境で、それらは偶然の状況だと思っていた。それができない人は何人もいる。

今の時代ならいくらでも手段がある、と抜け道を見出す者は選ばれた人だと思う。

なにも注目すべき生存能力がある人だけが偉いわけではないだろうに。

無題

自己の精神を自己犠牲でズタズタに引き千切るのはばかげている。

スポーツの時運動神経を馬鹿にしてきた陰湿な女クラスメイト達に美術部の自分は美術の時間に「ドグサレ野郎共、なんで私より上手く書けないの?こんくらい描けて当然じゃね?幼稚な絵!」くらいの言葉を心の中で吐くくらいの気持ちで生きていればここまで自尊心が傷つかなくて済んだ。

「彼女らにはこんな性格になってしまった背景があるんだ」という「思いやりの心」なんて忘れれば、自分を守れたのだ。

ありふれている道徳は弱者をさらに貶め弱め反抗心を削ぐ。

(ここまで書いてみてネットで中二病と呼ばれる性質にそっくりな気もしてくるが、このネットの言葉はしばしば心の動きをはじめあらゆる事物を矮小化する性能に長けるように作られているものだ)

自分が妥協し相手に譲れば丸く収まるという自己犠牲的な考えがいつから芽生えたのかどうかを考えていて、つい思考が横道にそれてしまった。

自分に胆力が足りなければいくら人を思いやるところで何度も無力感を植え付けられる結果になるらしい。

自分を大切にできるかどうかさえ、思考の習慣ですこしづつどうにでもなってしまう。

自殺未遂後の記憶は私から様々な機会を奪っている。

自殺未遂後の記憶は私から様々な機会を奪っている。

自分が自分の性格から意見を述べるのをはばかると教師はすぐさま聴取を終え私に「ケア」はもう必要ないと判断したと推測される経験。

根底の尊厳や意志が根元から否定され踏みにじられた感覚を忘れずに生きている。

(この記述は自死に対する同情を乞うものではない。)

もちろん意志表明を怠った自分にも落ち度がみられるだろう。しかし、自尊心を失った私に正しい選択ができたとも思えない。

過大にこの経験を行動の判断材料としていることは否めないがそう認知してもなおこの記憶は私の中で大きい領域を支配してきた。「私は自身の性格から自分の行動から人生そのものまでを変えられないのだ」という刷り込みが働き続けている。

私は未来が見えず崩壊し砕けた自我に任せず他人の言われるがまま人生を選択してきていることを認識している。

今は誰の言葉も自分を救わないことを知っている。

深夜の記憶

2ツイート強ぶんの短い覚え書き?をサクサクと3記事あげた。まとまった文章を書くのに自信が無くなってこれぐらいしかできない。私が何をめがけて生きているのかわからない。


いや、もっと生きたい。今ベッドに寝転びながら高校の頃自殺未遂を図る前日の夜のことを思い出している。あの時はベッドに潜りながら2ちゃんねるの人生相談板でアドレスを見つけて連絡を取っていた大学生とライン通話をしていた。世間話が下手で私はたびたび無言になった。その人には大丈夫かと何度か言われ心配そうな様子に聞こえた。それ以来その人とは連絡を一度も取っていない。
その後は、私が死んだと考えていただろうか。それとも、いつもどおりの学校に行く日常を想像しただろうか。
志賀直哉『城の崎にて』に出てくる一節には、生きていることと死んでいることはそれほどに差がないとあった。私はたぶんそれを感じて生きていた。私が目覚めたときは小雨が降っていて、未遂に終わった悔しさも命がある安堵的な喜びも生きていることに気づいた瞬間は凪いでいた。
生きることに心から感謝できた(のかな?)瞬間はそれから何年かしないと現れてこない。
その間に失った可能性とかエネルギーとか自信とかは何年かけて取り戻せるのだろう、と考えるのも不毛で、私がずっとなおざりにしていた問題だから、まずは責任をもって解決するしかないだろう。

死人に口はなしというなら口を閉ざせばそれだけ死人に近い。

価値の合わない人間に語ることがどれだけ難しいかなど実際の状況に出くわしてみないとわからない、そして語ることをやめた。価値の合わない者だらけになっていた。

私の過去10年願った通り死に向かっている。

その間自分の心を開くことなんて自分の願いが許さなかった。

また元に戻りそうだ。言葉が出ない。自分の言葉で、話せない。話したくないのかもしれない。

人に助けを求める勇気がない。心が死んでいる。

そうやって自閉的な言葉ばかりが巡る。助けて。助けて。と頭の中で思っていても実際に悩みを聞いてくれる人が現れても何も言えない。

窒息みたいに瞬間瞬間の私が死んでいく。

自分なりに外部に開かれた態度で接していると思っていたのだけれど、

実は自分の内にこもりながらもそのくせ外部に答えを求めようとしていた。

避けては通れない道だったのかもしれない。でも、今の私には許していられない。

 

今、自分の時間の使い方がとても恐ろしく感じている。

ひどく退屈。怠惰。言葉の羅列をただただ眺めているに過ぎない。

勉強だって、それが自分の血肉になっているという感覚もなく、それでその行為に意味を与えられないでいる。

今を充実させるためのもの?将来を達成するためのもの?

自分から動かなければ言葉に意味など与えられないだろうに。

 

急げ。私の頭の中が瓦礫と空洞で構成された何かに成り下がらないように。

これからのあらゆる言語活動が無駄な時間にならないように。

大学に来てから感じたすべての喜び、悲しさ、腹立たしさ、虚しさ、それらと同じように、行動の結果が分かるのはいずれ行く場所においてである。そして、それが良かったのか、悪かったのかを決めるのは私の思いである。

私自身がこれ以上苦しまないように、これ以上に幸福だと思う瞬間が増えますよう。

7月8日 つたない過去の振り返りしか

自分の世界からは物語が抜け落ちているな、

iPhoneに入っていた大学時代の写真をかき集めて見返して、そんな感覚に陥った。

たくさんの方向に興味が拡散し、自分で自分を振り回していた。まるで誰かに目を覆い隠されたまま車のアクセルを踏み続けて着いたのがここだったみたいで恐ろしかった。それで、入学してからもそのまま日々を過ごしていた。

自分がおかしいのを隠したり少し人を信頼して言ってみようとしながら、幸せな瞬間もあったり理不尽さを感じたりしながら。

みんなからは普通に見えていただろうか。「少し変わっている」くらいで済んだだろうか。

きっとそのふるまいは大学生に見合わなかっただろうし、

きっと誰も感じ得ない無秩序な日々が愛おしく思う。