海にいきたい

しかし日常はつづく

普通の日々を求めて 1

普通が良かった。
元から感性が普通であったならば私は否定されることも私を否定し続けることもなかった。
もっと普通のものがいい。普通に学校で友達を作り、普通のJポップを聴き、普通の洋服を好み、普通に週末は友達と遊びに行く。
周りの同じ子供の誰もが持っている感性を私の中に入れ込み、誰にも迎え入れられ、その中で生きたいとねがった。
心理学科に入学したのは、そんな学校時代の違和感を拭い去りたかったのかもしれない。同じ年代の普通の人々の感性を理解できるのかもしれない、と思っていた。
どうしても心の底から馴染めない。不可解からくる気持ち悪さがあるが、その不快感を向ける先には何も悪くない人々がただ普通に過ごしている。そうした思考が頭の中を駆け巡る。
思春期特有の自己嫌悪にさいなまれ、疲弊した精神が自然と心理学科を選んだ。その根底には自分はただ、普通でありたかったという飢えがあったと思う。

教員養成系の心理学科に入ってからというもの、「自分の小学校時代を思い出してください」と言われる場面、もちろんわたしたちが教員になるという前提で組まれた授業が多かった。楽しく話し合いをする教室の雰囲気に飲み込まれ、また不快感を感じる。
また、心理学の授業においても、自分の実感に伴なわない知識を教え込まれることが続いた。
同じ学科の人たちは、その知識を素直に受け取った。また、教員志望で入った人々は、その知識を覚えるというよりかは、授業の単位を取ることに重きを置いていた。授業には出席せずに人のノートを見せてもらい、テストを乗り切り単位を取る人もいた。(そのような人に限って優秀な成績を修めたりする)
わたしはどちらもできずに、授業に出席しても頭に靄のかかったような状態で、テストの点も単位を落とす寸前だった。
高校時代、成績がいいと言われていた。しかし自分の実感に伴なわない知識を頭に詰め込むことが、大学受験の時点でとても難しく感じていた。もう限界だった。
科学的に実証された心理法則、歴史上の顔も合わせたことのない誰かの理論など私にはなんの関係もなかった。
同級生の世間話にもついてゆけない、そもそも自分の人生とは何の関係もない。彼らは普通の日常を送っているだけだが、自分とは何の関わりもなかった。
何の関係もなかった。

普通らしくバイトやサークルもやったが、いずれも人間関係をうまく構築できずにやめてしまった。
普通の大学生活を送ろうとすればするほど、普通の人々への劣等感が募りに募った。
それでいて学業すら普通に、いつも通りについてゆくことすらできなくなった私には何の価値がある?
学業ができないことにより人生のレールから外れてしまうことへの静かな絶望感すらも抱いていた。